陸上ではなかなか勝てないと言われる日本人がついに、

100メートルで10秒の壁を破り、

9秒98をマーク!

日本人初の9秒台を叩き出したのは、

桐生祥秀(きりゅうよしひで)選手です!

なかなか10秒の壁を破ることが出来なかった4年間

彼は辛い時も前向きに走り続けたそうですよ。

ボルトから送られた言葉とは?

Qちゃん(高橋尚子)の今後の日本人選手の予想などもお伝えしていきます。

 

桐生祥秀(きりゅうよしひで)選手のプロフィール

生年月日  1995年12月15日(21歳)

身長    176センチ

体重    70キロ

出身地   滋賀県彦根市

競技    陸上競技

種目    短距離走

大学    東洋大学

 

日本人初の9秒台という快挙を成し遂げた、桐生祥秀(きりゅうよしひで)選手!

いったい、どのような子供時代を過ごされてきたのでしょう。

実は陸上を始めたのは中学校からだそうですよ。

陸上競技は中学から始めても遅くはないんですね。

世の親御さんも希望が持てます!

 

小学校時代は、サッカーをされていたそうです。

様々なポジションを務めていたそうですが、

あまりの足の速さにコーチがケガを心配して、

ゴールキーパーというポジションに落ち着いたとか。

当時のあだ名は

よしちゃん!

なんだか微笑ましいあだ名ですね。

 

そして、中学へ進学を機に陸上を始めています。

200メートル競技では、

中学歴代6位

の記録を収めています。

ケガにも苦しみ、左ハムストリングスの肉離れに悩まされています。

アスリートはケガが付き物なんですね・・・

 

そして、ついに開花します!

高校3年生だった、4年前に

10秒01

という記録を打ち出し、日本中を沸かせました!

9秒台目前だったため、ついに日本人も9秒台を出すと

言われ続けましたが、なかなか

10秒の壁

を打ち破ることが出来ません。

強豪ライバル達も次々出現し、失意のどん底にいました。

6月の日本選手権男子100メートルでは、

サニブラウン・ハキーム、多田修平、ケンブリッジ飛鳥に次ぐ4位でした。

まさかの結果に、練習にも身が入らない日々だったとか。

 

転機が訪れます!

7月のとある日、

3時間以上も延々と50メートルを走り続けました!

何もかも忘れて、走ることで失望を希望に変えていったそうです。

 

無心で走ったその先に9秒台の栄冠が輝いたのでした!!!

 

4年間の苦しい期間の間は、心が折れて泣く日々・・・

コーチにも八つ当たりするなど、自暴自棄にもなったとか。

人間そう強くはないですもんね!

でも、桐生選手はどんなに苦しい時でも、

最初に9秒台を出す!!!

という強い気持ちを忘れなかったそうですよ。

最後はやはり気持ちなんですね!

 

ボルトとの出会い&感動の言葉とは?

陸上人生は苦難の連続だった、桐生祥秀(きりゅうよしひで)選手。

失意の4年間を支えたのは周囲のスタッフの他にもう一人!

世界のボルト選手でした!

それは、2013年1月高校生の時に運命の出会いを果たします!

そこで、桐生選手は陸上人生を左右する大切な言葉を

ボルト選手から送られていたのでした。

 

「いいかい、桐生!

自分のために走るんだ、国の為じゃない!

Enjoy Sports」

 

桐生選手はこの言葉もあったから、何も考えず無心に楽しんで走れたと言います。

人と人との縁ってどこでどうなるかわからないもんですね。

そして、9秒台を叩き出した舞台で、桐生選手は

ボルト選手が世界記録を出したときと同じポーズを無意識にしていたそうですよ。

 

今後の日本Qちゃん予想は?

オリンピック金メダリストの髙橋尚子さんは、

桐生祥秀(きりゅうよしひで)選手をずっと見守っていたそうです。

彼は、どんなに辛い状況でも、すぐに切り替えて前向きだったとか。

長い間ずっと悩みながらも、周りを明るくするムードメーカーでもあったそうですよ。

そんな桐生選手を近くで見てきたQちゃんは、精神的にも成長したなと思ったと言います。

そして、日本人初の9秒台を機に

この後、色んな選手が9秒台に行くと思うともコメントしていました!

金メダリストのQちゃんが予想するのであれば、間違いなさそうですよね。

これからの日本の陸上は9秒台当たり前の時代の到来かもしれません。

そして、東京オリンピックでは、世界の強豪と互角に競うことが出来るでしょう!

 

ここまでお読みいただきありがとうございました!